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菓子には、花鳥風月や自然の風物、和歌俳句や文学、郷土の歴史や地名などから生まれた「菓銘」がついています。
いわば、どの和菓子にも必ずと言って良い程「由来」があるのです。
そのことを知って召し上がって頂くことが和菓子の味わいを一層深めますが、ここでは、ごくポピュラーな和菓子の由来をご紹介します。


●金鍔(きんつば)

徳川5代将軍綱吉の頃、小豆餡をうるち米の粉で包んで焼いた焼餅が京都に生まれ「ぎんつば」といって庶民にたいへん喜ばれたと言います。 そのぎんつばが亨保(1726年頃)の頃、江戸に渡って来たといわれ、江戸風の工夫を凝らして銀よりも金が上というので「きんつば」になったと言われています。
刀の鍔(つば)の様に円型に薄くしたもので(現在は四角く切ったものが多い)、吉原土手付近や日本橋魚河岸付近に屋台店が出されて人気を博したと言われています。
●桜餅

江戸向島の長命寺(3代将軍家光の命名)の門番であった下総国の山本新六が、元禄の頃、向島堤の桜の落葉の掃除に追われ、この葉をしょうゆ樽に漬けて売ってみたが、あまり売れなかったので、桜の葉を塩漬にして、小麦粉を溶いて薄く焼いた皮に小豆餡を包んで、塩抜きをした桜の葉で包んだ。
これが花見客などに大評判となり江戸名物のひとつとなったと言われています。
●柏餅

柏餅は江戸時代から端午の節句には必ず用いられました。
柏の木の古い葉は新芽が育つまで枯れないので子孫繁栄の縁起の良い葉とされたことや、柏餅を包む手つきが神前でかしわ手を打つ姿に似て、武運を祈願する端午の節句にふさわしいという意味もあったと言います。
もともと柏の葉は古代から食器として用いられていたこと、また、柏の葉の薬効なども理由のひとつに挙げられると思います。


●おはぎ、ぼた餅

ぼた餅の名の起りを仏教に求める説もあるようですが、ここでは素直に「倭漢三才図会」に書かれている「牡丹餅および萩の花は形、色をもってこれを名づく」とあるのを信じたいところです。
萩の花、おはぎというのは女性の言葉という説もあります。
また、一名「隣しらず」とも言われたこともあるようですが、これは餅といいながら臼でつかないので隣の人に聞こえないところから言われた江戸風のシャレ言葉のようです。
いずれにせよ根本に「共食信仰」があることは事実で、彼岸に仏前に供え、また親類、近隣にも配る習慣が生まれたのです。
●饅頭(まんじゅう)

まんじゅうは中国から伝来したもので名前も蛮頭、蔓頭、包子などの文字を用いて呼ばれていました。
中国の三国志で知られています諸葛孔明が南蛮を征した時に濾川という川のほとりで激しい風浪にあい、これをしずめるために人を殺してその人頭を川の神に捧げる風習があると聞き、人の頭のかわりに小麦粉に羊や豚の肉を包んで祭壇に供えるようにしたという伝説にはじまると言われています。
その後、日本に渡って肉を食べない風習の中で現在のまんじゅうが生まれてきたと思われます。

●羊かん

羊かんについては平安時代末期の書にも現われており、羹(あつもの)として唐の国より伝来したものとあります。
元々は鳥獣、魚介を使ったものだったのですが、肉食をしない風習の日本では、汁の中に肉に似せた形や色のもの(穀類などをこねて作ったもの)に変化してきました。 その中味だけが取り出されて蒸菓子として珍重されたのが羊羹(ようかん)の始まりで、その頃は現在でいう蒸し羊かんの様なものであったと思われます。
その後歴史の中で発展し、現在の煉羊かんなどが生まれてきました。
●亥の子餅

旧暦の10月初めての亥の日に祝って食べる餅で、この日に餅を食べると万病を除き長寿を保ち、多産の祈りがこめられていると言われています。 多産のいのししにあやかった伝説から生まれたもので古い記録にも現われています。

く一部の和菓子だけをご紹介しましたが、和菓子は古代から日本人と共に歩み育まれてきたものですから、様々な由来を持っています。
歴史に想いを寄せて和菓子を召し上がって頂くのも一興と思います。